こころゆくまで

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教員として(人を育てる)①

私には教員としての人生もありました。若い頃は生徒指導の教員として指導に当たることが多かったと思います。私が生徒指導をやっていた頃のことです。当時私はY中学校に勤めておりました。そのY中学校は超ヤンキー学校で、その中でも近隣の中学校にその名前をとどろかせていたF君という番長のネームバリューはすごいものがあり、悪さをして私から殴り倒されても、何度も何度も向かってくるという猛者でした。今では当然暴力は許されることではありませんが、当時はそうでもしなければやっていけないような校内暴力の吹き荒れる時代でした。彼の仲間達は近隣の中学校だけでなく、他地区にまでも遠征し、その傘下に組み込んでいき、勢力を伸ばしておりました。


校内では廊下の端と端にグループが分かれて戦争ごっこと称して、打ち上げ花火を打ち合う。トイレットペーパーに火をつけて廊下を奇声ををあげて走り回る。授業中に4階の廊下で自転車を乗って回る。4階から地面に向かって生徒用の机脚を投げ捨てる。校舎のすぐ外を歩く通行人に使い捨てカイロを投げつける。2階の窓から給食の牛乳を先生方の車の天井に投げつける。4階の消火栓のホースを全部引っ張り出して、それを渡り廊下から地面に垂らして、そのホースにぶら下がりながら1階まで降りてくる。このようなことが日常茶飯事として毎日起こっているような学校でした。


当然のことながら、校内のトイレはすべて生徒達の休み時間の喫煙所と化しており、掃除しても掃除しても、便器の中からタバコの吸い殻が消えることのない学校でした。生徒指導の私の毎朝の仕事は学校中の便器の中の吸い殻拾いから始まります。自分の部活の生徒に朝練をさせながら、昨日の帰りまでに生徒達が全校16カ所のトイレで吸ったタバコの吸い殻を拾い集めるのです。これが毎朝、バケツ1杯になるほどの量になるのです。職員朝礼が始まる8時30分までにすべての吸い殻を集めなければなりません。火ばさみで1本1本拾って回るような悠長なことをやっていてもらちがあきません。毎朝便器に素手を突っ込んで拾い集めておりました。


そんなある日のことでした。いつもは社長出勤のF君が、その日たまたま朝早くから登校して、私が吸い殻を拾っていたトイレに入ってきました。
「先生、なんしよん?」
「おまえ達の世話しよる」
「世話って、俺たちの吸った吸い殻拾うのが俺たちの世話?」
「そりゃあそうさ。このトイレは、おまえ達だけやない、普通の生徒も使うんぞ。このままやったら、そいつらが使えんやろが」
「先生、これ一人で毎朝しよったん?」
「こんなこと、他に誰がするか」
「俺、なあんも知らんかった。清掃会社の人がしよると思っとった」
そう言うと、彼も私と並んで、黙ってトイレの便器の中に手を突っ込み、素手で吸い殻を拾い始めたのです。そして私と一緒にすべての吸い殻を拾い集めて、一言彼はつぶやくように言いました。「先生、ごめん」
「あははは。謝らんだっちゃよかよ。それよか、もうちっとばかり、俺の仕事を減らしてくれたら嬉しいんじゃけんどな」
「わかった。待っとって」そう言いながら、彼は走り去っていきました。
その翌日吸い殻集めに回ろうと、片手にバケツを持ってトイレの中に入っていったのですが、吸い殻が1本も落ちていません。すべてのトイレをチェックして回っている私のところに、今日も朝早くから登校してきたF君がやってきました。「これからは先生に吸い殻拾いやら、させんけんね」「ありがとな」「そんかわり、俺専用の灰皿を生徒相談室の先生の机の上に置いてくれんかの」
「馬鹿!」
「あははははは」
私と彼は目を合わせて笑い合いました。そのときの彼の清々しい笑顔は今も忘れることはありません。


子供にいくら偉そうなことを言っても、そんな言葉で動くほど子供は馬鹿ではありません。子供にはわかるのです。臭いでわかるのです。この人は自分のことを本当に思ってくれているかどうか。それを嗅ぎ分けるのです。ですから子供にはポーズは一切通用しません。心から愛する以外に、愛して行動する以外に子供を動かす手はないのです。


このような学校では、ちょっと想像を絶するようなことも度々起こります。保護者の中には学校を託児所のように思っておられる方もいらっしゃいます。昼休み頃にこんな電話が学校にかかってくることもありました。それは母子家庭のF君のお母さんからの電話でした。


「先生、ごめん。家のガスコンロの火を消し忘れたみたい。今、玉が出ていて身動き取れんのよ。行って確かめてくれん?」母ちゃんはパチンコ屋で連チャンがかかっている真っ最中のようです。「わかった母ちゃん、待っといて」そう言っては、車にのって彼の自宅の団地に行って、管理人さんに訳を話して、彼の家を開けてもらって中へ入ると台所へ。でもガスコンロの火はついていません。「なあんだ」そう思って、母ちゃんの行きつけのパチンコ屋へ。「母ちゃん、ガスコンロ、火は消えとったよ」「ああ、そうなん。ごめんね先生」そう言ってはパチンコ台をにらみつけたまま、景品のタバコを私にくれるのでした。


こんな毎日の繰り返しの中で、生徒と私、保護者と私の信頼関係ができあがっていったように思えます。もちろん、そのためには、私自身が私の家族に対して強いてきた犠牲がとても大きかったように思っております。今では妻と息子と娘に対する感謝の思いでいっぱいなのです。


今の自分が存在するためには、必ずやその自分を陰で支えてくれている人達がいる。その人達への感謝を忘れてはなりません。苦しみを乗り越えた時、時には誰が支えてくれたのかわからないこともあります。目に見えないから「陰」なのですね。その目に見えない「陰」に対する感謝の言葉が「お陰さま」なのですね。感謝の言葉は、感謝する相手が誰だかわかっている時は「ありがとう」。相手が誰だかわかっていない時は「お陰さま」なのでございます。こんな素敵な言葉を持っている日本人に生まれて本当に良かったと思っています。





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