こころゆくまで

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前後際断

「前後裁断」とも記されてある言葉ですが、もともと仏教の禅宗より出た言葉と拝します。道元禅師の「正法眼蔵」の「現成公案」巻にも出てきます。曰く、「しるべし、薪は薪の法位に住してさきありのちあり、前後ありといへども前後際断せり」。また沢庵禅師の言葉にも引用されています。


もう少し「前後際断」の意味を考えますと、単に過去世と未来世が断絶しているのではなく、「過去と未来を対立的にみる見解を截断して、絶対の現在に生きることをいう。」と『禅学大辞典』に書かれています。


明治の文豪夏目漱石も次のような言葉を残しています。「前後を切断せよ。みだりに過去に執着するなかれ。いたずらに将来に望を属するなかれ。満身の力をこめて現在に働け。」


さらに現代においては、経営の神様として名高いパナソニックの創業者、故松下幸之助氏も次のように言っておられます。「どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで、未来もどうなるものでもない。いま、現在に最善を尽くすことである。」


このように見てくると、私達の日常生活に対するヒントが見えてきます。つまり、人生を充実させて生きている人とそうでない人の違いなのです。おそらく、すべての人が自分の日常を日々充実させて送りたいと願っている。しかし、そうなっている人となっていない人がいる。それはどうしてなのか。


要は、自分の持っているエネルギーを、どこに注ぐと人生がうまくいくかということがわかっている人とわかっていない人の違いなのです。


つまり、人生がうまくいっていない人というのは、自己のエネルギーの大半を、「現在」に注げていないのではないか。「過去」にその多くを注いでいる人。この人は「後悔」という大きな重荷を背負って日々を送っているわけで、そんなことをしていたのでは、現実の毎日の生活を切り開くだけのパワーは不足してしまいます。今日の「やる気」が削がれてしまうのです。


同様に、自己のエネルギーの大半を「未来」に注いでいる人。この人はまだ来てもいない自分の「未来」に対して「心配」という形で多くのエネルギーを注いでしまっているのです。これもやはり目の前の「現実」を乗り切るパワー不足に陥らざるを得ません。


このことから、人生の達人と言われる人というのは、その持てるエネルギーを、過ぎてしまってどうしようもない「過去」への「後悔」や、まだ来てもいないので、これもどうしようもない「未来」への「心配」などということに費やしたりしないのです。


そういうことに自己のエネルギーを使うことを「浪費」と考え、あくまでも眼前の「現在」に自己のエネルギーのすべてをたたき込もうとする。これは「浪費」ではなく「投資」となる。このようにして、自己の日々一日一日を輝くものとして毎日を過ごしている。だから幸せな人生を実感できているのではないでしょうか。






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