こころゆくまで

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幸せに生きる

    一人の人が生きていく時にぶつかる最も根源的な疑問というものがあると思います。それは、人は「何のために」生まれてきたのか。そして「何のために」生きていくのか。この二つではないでしょうか。


 昔、大学時代に西洋倫理の授業中に教授が話していた言葉を思い出します。「今、セーヌ川に架かる橋を歩いていたあなたが、いかにも生活に疲れ、やつれ果てた娼婦が、今まさに身を投げようとしている場面に出くわしました。この娼婦にあなたは何と話しかけますか。これが哲学の永遠の命題なのです。」


 そう。この命題に対する正解などありません。その人の命を救えるのか。さらにその人の人生に自分は何をなしえるのか。あなたはその人の人生にどのように関わっていくことになるのか。様々な思いが去来します。しかし、何をさておいても命は救わねばなりません。しかしどうやって。何を話すのか。この人の命を救い、人生に再起を決意させる力。これを人間力というのではないでしょうか。人間力とは他者を幸せにする力。そのように私は理解しております。


 人生の目的って、みんな同じだと思います。それは幸せになることではないでしょうか。では、幸せってなんでしょう。それは物ではありません。場所でもありません。自分の中にある感情です。心から湧きあがる歓喜の感情。嬉しくって仕方ないという気持ち。「私ってどうしてこんなに幸せなのでしょう」「こんなに幸せでいいのでしょうか」と、人々は思っておられるのでしょうか?相田みつをさんも仰っておいでなのです。「幸せはいつも自分の心が決める」


 それでは、どんな時に人は、「嬉しくって仕方ない」「幸せすぎて、幸せすぎて」そんな気持ちになれるのでしょうか。ロシアの文豪トルストイが言ってます。「この人生には、ただ一つだけ間違いのない幸福がある。それは人のために生きることである。」そうなのです。私達の幸せというのは、人を幸せにした時に得られるのです。ということは、私達は何のために生まれて、何のために生きているのかというと、人を幸せにするために生まれ、人を幸せにするために生きているということになるのです。これが、「何のために」の答えだと思います。


 ですから、あなたには、あなたでなければ幸せにできない人がこの地上に、少なくともあなたと出会う人の中にいて、その人を幸せにするために生まれてきた。そしてその人を幸せにするために生きているということになります。こう言うと、さだまさしさんの歌「軌跡~大きな愛のように」を思い出してしまうのです。


  どんなに切なくても、必ず明日は来る。
  長い長い坂道登るのは、あなた一人じゃない。
  僕は神様でないから、本当の愛はたぶん知らない。
  けれどあなたを思う心なら、神様に負けない。
  たった一度の人生を、あなと巡り会えたこと。
  偶然を装いながら奇跡はいつも近くにいる。
  ああ大きな愛になりたい。あなたを守ってあげたい。
  あなたが気づかなくても、いつでも隣を歩いていたい。


  どんなに切なくても、必ず明日は来る。
  長い長い坂道登るのは、あなた一人じゃない。
  今日と未来の間に、流れる川を夢というなら
  あなたと同じ夢を見ることができたならそれでいい。
  僕は神様でないから、奇跡を作ることはできない。
  けれどあなたを思う奇跡なら神様に負けない。
  ああ大きな愛になりたい。あなたを守ってあげたい。
  あなたが気づかなくても、いつでも隣を歩いていたい。
  ああ大きな夢になりたい。あなたを包んであげたい。
  あなたの笑顔を守るために、たぶん僕は生まれてきた。


 恐らく人は、誰かを幸せにすることでしか幸せにはなれない。そして、あなたは誰かに光りをあてて、その足下を照らし、その人を輝かせていく。そこに最大の幸福感が訪れるのだと。そのことが宇宙の法則として存在するのではないだろうかとさえ思ってしまうのです。


 大昔から、人類の叡知はこの事を理解していて、だから、トルストイを始めとする数多くの人々が皆さん同じことをおっしゃっておられるのです。つまり、人類の叡知がたどり着いた道、「幸せになりたければ、人を幸せにしなさい」この生き方こそ幸福を得る生き方なのだということを。それを信じて生きていく以外に幸せになる道はないのです。


 では、幸福獲得のために利他に励む。つまり、他者を幸福にしようと頑張ることになるのですが、ここに一つの問題が生じます。つまり、その人を幸せにする力を自分が我が身に宿しているのかということです。


 他者を幸福にする力、先ほども申しましたが、私はこれを人間力と呼んでいます。この力にはとても様々なものが含まれていると思います。例えば、人を思いやる心の力である包容力。人の苦しみがわかってやれる共感力。その人に出会えたことに感謝する力。何かしてあげようとする行動力。途中で諦めない忍耐力と持続力。どの道を進むかを決める決断力。目の前の苦難に敢えて挑む勇気。苦難を乗り越えることに楽しみと喜びを感じる感受性等々、実に多くの力がその内容として考えられます。


 他者を幸福にするためには、私達はこれらの力を身につけなければならない。つまり、自己自身の人間的な成長が必要になってくるわけです。人間的な成長とは、人間力を身につけるための自分自身との戦いなわけで、一切、他者と比べる必要はありません。他者と比べるのではなく、昨日の自分と比べて、今日の自分がどうなのかということが常に問題になってきます。


 自分を高めるというのは、そういうことになる。先ほど羅列した様々な人間的な力を身につけて、今よりも魅力ある人になっていくこと。それが成長なのです。ですから、自分が幸せを目指すというのなら、一生涯、自分の人間的な成長を目指すしかないのです。自分が死ぬその日まで、自分の人生の最後の一日まで、誰かを幸せにするために自己を成長させようと、昨日の自分と戦っていく人生。それを幸福な人生と呼ぶのではないでしょうか。


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