こころゆくまで

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「愛」について


 今日は「愛」についてですね。


 まず、「愛」の語源は「受」と同じように「受」から「又」を取った残りの上の部分。これはですね、人がお腹一杯で苦しんでいる様子を表しているのです。その下に「心」があって、つまり心の中が一杯になって苦しんでいる様子。一番下の「夕」を伸ばしたやつは、人が足をひきづって歩いている様子。だから、「愛」というのは、その語源からすると、心が一杯で苦しくって足をひきづって歩いている人間を表しているのです。


 この漢字は中国から日本に仏教が入ってきた時に、一緒に入ってきたとされています。日本では弘法大師空海が初めて使ったと言われていますが、それは定かではありません。どちらにしても、仏教では「愛」は「執着」を表すものとして否定的だったようです。


 それが、戦国時代に入って、例の天地人で有名な上杉家の家老、直江兼続が兜の指物として、この漢字を使って一躍有名になります。この彼が使った漢字の「愛」にも諸説あるんですが、一番有力なのは、闘いの神「愛宕大権現」から取ったらしいとされるもの。あるいは、仏法守護の神「愛染明王」から取ったとされるものがあります。


 さて、この愛がキリスト教の伝来によって様々な意味を持って今日に至っております。まず、中央アジアで発生したキリスト教が西欧諸国に広がった時に、このキリスト教の神の「愛」をどういう単語にすればいいかということで一悶着ありまして、なぜなら、そのような神なるものは当時存在していなかったわけだから、当然、神の「愛」という単語つまり、LOVEという概念もなかったのです。


 このLOVEという単語をどうやって作ったのか。それをどなたかのサイトで発見したのですが、それはこういう単語の頭文字を組み合わせたものだとのことです。LOVEのLはListenのL。次にLOVEのOですね。これはOverlookのO。LOVEのVはVoiceのVで、最後のLOVEのE、これはExcuseのEとのこと。


 まずLOVEのLはListenのL。listenはhearとは違います。hearは聞く。つまり自然と聞こえてくるということ。Listenは聴くです。「聴」この漢字を分解しますと、耳と目と心と十になります。つまり、LOVEとはまず、自分の目と耳と心で相手の話を十分に聴いて差し上げること。それが「愛」なのです。次にLOVEのOですね。これはOverlookのOです。つまり相手のすべてを見渡してあげるということ。相手の家庭環境から悩みから様々なことを見渡して接すること。それが「愛」なのです。そして、LOVEのVはVoiceのVです。聖書にも「はじめに言葉ありき。言葉は神とともにありき」とあります。仏教でも、お経の「経」の文字は仏様の声という意味ですね。日本でも言霊とも言いますが、相手に優しい声をかけていくこと。それが「愛」なのです。そして、最後にLOVEのE、これはExcuseのEですね。つまり、「赦す(ゆるす)」上から目線の「許す」ではなくて、対等な立場で「赦す」。相手がどうあろうと、その人を「赦す」。つまり、生まれながらに罪を持っている人などいないということに気づきなさいという教え。それが「愛」なのです。


 このようにして、愛という単語のLOVEが生まれました。そして、日本に入ってきて、今のように様々な意味で使われるようになったのです。


 さて、「愛」というと、ビクトル・ユゴー作の「レ・ミゼラブル」を思い出します。その中で、かつて英語の教科書でも取り上げられていたのが、銀の燭台。そして、もう一つはオー・ヘンリーの「賢者の贈り物」といって懐中時計の鎖と櫛を買った夫婦の愛のお話しが有名ですね。


 今日は銀の燭台の話をします。貧しい兄弟達に食べさせようと、たった一切れのパンを盗んで、捕まり18年もの長い間投獄されたジャン・バルジャンが出所しますが、帰るところがなくて通りかかった教会に行きます。出所したばかりのジャンの姿恰好を見て教会のスタッフはうさんくさく感じて白い目で見つめます。しかし、ミリエル神父だけは優しく寛大な暖かい心でジャンに接し、食事と宿を提供します。


 ジャンは夜中にこっそりと起き出して銀の食器を盗んで行きます。しかし、警官につかまり教会に連れてこられます。ジャンはこの食器は「神父からもらった」と嘘をつきます。が、警官はもちろん信じず教会に連れて来ます。警官が誇らしげに神父さんに「泥棒を捕まえた」と言って突き出すのですが、神父はなんとこう言います。「彼の言っていることは本当ですよ」そして神父はさらに感動を呼ぶ言葉を発しました。神父はジャンに向かって、「一番高価なこの銀の燭台も差し上げたのに、慌てて忘れてしまったんですね」と言い銀の燭台までも彼に渡すのです。教会のスタッフと警官たちは驚きとあきれ顔をするしかありません。この神父の人間愛によって、ジャン・バルジャンは改心します。人の心の暖かさが人間を変える瞬間が見事なまでに現されております。


 これが「愛」。人を幸せにする力のことです。そして、人間力も同じ意味だと思います。他者を幸せにすることが最大の我が幸せとなる。考えてみれば人を幸せにすること以上の幸せなど、この地上には存在しないと思うのです。


 
 
 


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